2018年06月11日

ギザギザのラジオに齧りついていたメガネの

ギザギザのラジオに齧りついていたメガネの、避難場所は連絡船に決められていたのに。水声の内部の透明性を指し示されたモダニズムへの計り知れない自律神経を、金魚藻に張り巡らせている。列車は満たすために未来を落下し始めた梨の木の禁句を、再びの挿入句に代えて、9回目の種を頭部の剥皮の周りに配置している。時間の人々のほとんどは侮辱と擁護された沈殿をそろりとぬぐっている。しからば、慣れるのに十分な驕りを割いて、ジュテブーしているのは絵空事の航空図鑑でしかないが、政治と図りながらの傍観者を装う無印のノートは今でも大切なもの。

言遊戯帖第129集
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2018年05月04日

履き心地のわるいトマトのプラスチックに

履き心地のわるいトマトのプラスチックに、亜熱帯の裏側の隠れた文字の意味を捨ててしまっているぎこちなさ。覆面の散逸は仕方のない重たさに負けている日がないが、伏されたままの韜晦を待ちぶせて、そのままぶらさがってナンバリングはコケットリーにも満たないので、バケツに箇条書きされている。それらの、常駐体制を砂の絵にまぶして、さらに、改札口をすり抜けてしまった宇宙への帰還を、さらに、愚弄の街かどにこれまでのひそやかに廃頽をこねくり回しているバス停に、何度も並びなおしているやはり仮面の人にやはり並びなおしている。

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2018年04月11日

裂け過ぎたアンフォルメルへの伝言を切り替えて

裂け過ぎたアンフォルメルへの伝言を切り替えて、息苦しい頭痛を振り返りながら、留まることのない電算室にうずくまる。日輪を誓いの深部にことよせながら、Lへの洞察を惜しんでいる旅の人に、隠れ家の鳥たちは膨らんでいる。流されて行く粘土質の氷からの、その拙速説への白紙が切り刻まれていて、「こんな人」への揺るぎを岩にしている。ならば、過失への言い訳は外された蓋にすぎないけれど、熱を帯びた皮膚からの乖離はあまりにも泥の妬みを移ろわせて、それらの禁句を鋼鉄の艀に繋いだまま錆びてしまっている。必要のないそれまでの文字種を裏側から眺めるのも乱数からの省略に過ぎない。

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2018年03月10日

霧の帰還者はロゴの廃屋の影の光でもあり

霧の帰還者はロゴの廃屋の影の光でもあり、落ち始めた煙突の色彩の複雑性への折り返し地点を円環にしている。それならば、今までの歩みのもどかしさへの鋳の警戒を嘲笑いつつも、空への執事を一異への解読不能として白い共鳴へのプルトニウムへの原理を砕いている。道行を尋ねたばかりに、失速してしだいまう生き物たちのように、異化への照準を開始し始めている穴の空いた電話ボックスなのだから、きっと、夜の砂糖は濁っているに違いない。さりとて、5日目に送られて来ていなかった無印の旗を、擦れたフルートのしとやかな倍音に分散していたのは届けられたばかりの敗北の雫音でもある。

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2018年02月18日

ときめきのタービンを吹き飛ばされた

ときめきのタービンを吹き飛ばされた、奏されざる幻惑のピチカートへの折り返し地点を→している。これらの、曖昧性の自らの判断の欠落さえ、懐の電灯に水浸しにされている。問題群をあからさまにしつつも、おそろしく遅々とした考察の灰色の匍匐を思い出してしまった後ろめたさに壁の染みを嗅いでいる。救済されるはずもなく、なお、遠方へのこちら側からの視点でしかない狭隘性をもう一度非常口にする。なぎ倒されてしまったにちがいないJTEからの通信を波に乗せながら、エンドレスのテープに記述された電子記号の回路の、実測性をやはり疑ってみる。

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2018年01月01日

遅延の回避された着地への連打と

遅延の回避された着地への連打と、エンドレスマークの手負いの塩素の香りに位置をさらに失っている。基軸を透明化して座席についたばかりの落とされた方位への、懐かしげな放物線の繊細さに今更ながらの移動域を噛み締めてみるのも水の資性かもしれないと、お面の列車は街の窮屈さをあざ笑っている。しかも、橋から転がり落ちたばかりの笹の葉は煙突の軛から停止したままの不安定を路地の在り処に訪ねて回っている。ならば、過素の彩りを降下の電灯に照らされて、指でなぞった絵をフィルムに収めて、指で描いて、音の画廊に並べて河原で売っている団地の人。

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2017年11月11日

忘れてしまった泥の基軸の自己閉鎖

忘れてしまった泥の基軸の自己閉鎖、まんべんなくすり抜けて送辞に屈折している飴自転車。空からの届けられることのないQへの巣ごもり続けている、熱帯雨林の魚に泳がされて、冷気の分岐を気取っている。次への約束を果たせないままに、涙顔を思い出して粘土に灼きつけている。そこにあったはずのくり抜きを睥睨させながら、突然のざわめきに匂いをさぐりあてて、あたりまえさを疑わないあたりまえさを揶揄するのは簡単に過ぎるが、その日常への重たさを透視することの、推定画面を水際にすくいとりながら、真水を足してしまった溺死への禍根を知ることもない。

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2017年10月29日

妄執へのリンデロンをハサミに秤にかけて

妄執へのリンデロンをハサミに秤にかけて、ついさっきまでの寝苦さのつじつま合わせをひんやりと抱きしめていたにもかかわらず、旅の軽さに舌を巻いている。想起されたスローガンは街のこじんまりとして、曇天の彩度を欠落させた壁にしっとりと収まっている。ただひとつのアコーディオンはただひとつの和音を豊かに響かせて、襤褸の墓碑銘に敬礼を惜しまない。過ぎたばかりの30年代を透視図に配置させて、自己犠牲のアドバルーンは灰の中に去ってゆきました。さらに、解体された擬態を漕いでいた穴の抜けたボートから、その人だけが持ち得ていたすべてを壊れている。

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2017年09月17日

ねじ巻き式乾電池をウクライナに直しに行って

ねじ巻き式乾電池をウクライナに直しに行って、債務限度のおみやげを鯰の鰻を高音部は哀調を帯びてフェンスの向こう側のダンス。真珠母貝は記憶の喚起を音の匂いに通文化的色彩の無明の世界に沈んでいる。それまでの位相の端境に生きながら、憂鬱な精霊を、つまり、4度下降してまでの誤認の文脈への配慮を欠いたままの文字を並べ続けている。したがって、鳥たちとの層群の頻度は太陽の位置も重要な交通路であり、正面の狐のお面を後ろに来たり、湿気と深海の空気を弾性の色鉛筆で動態の間隔を隣に座り始めている。それでも、ブラームスの木は視覚表象の輪廻を、日陰もある程度残るという訳だ。

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2017年08月13日

水曜日も忘れかけていた禁忌の真昼に

水曜日も忘れかけていた禁忌の真昼に、工事中のデフォルトを防止策の制御を準備している。18メートルの直径を持つ廃海の奇妙な底で、スクリーンからは踊り子さんたちの石壁の縫い目が浮き彫りになっている。歓声は帰還の論評を避けているにしても、自転車の前には瞳の少年が回転する機械の力強さに憧れている。フランビリアの停留所までの定理を知らないとはいえ、囲暁の地質学者は非日常のロープウェイに乗って去っていってしまったけれど、考慮事項の大部分を疑惑のさらに水曜日に暗示していたのだし、百科全書派の細密さには金曜日の逆説さえ飲み干されてしまっている。

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2017年07月09日

最後の時間にこんなに走査線上のアマルガム

最後の時間にこんなに走査線上のアマルガム、場合に習熟してティモエイエに別の乖離のあった断食の片隅。最近のプログラムされた死火山を抜き打ちにして、アフリカの角度では自治区の精霊を励まし続ける基軸通貨。密度の抜け落ちたロンドネの墓標に刻まれたフォルテピアノの抗議録からは、すなわち、要件に適合した抵抗の持続する水の照射に耐えかねていた池の回り道。すべてをという安易さに自らを安心させて、自らはすべてから排除し続ける厚顔を自覚することもないのだろう。竪琴は知らぬ間の不均等後退に乗せられて、それでも、透明なバリアをあがき続ける。

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2017年06月25日

843Sへの追跡を常軌のはずして

843Sへの追跡を常軌のはずして、運河の導きに影にくすんでいる。あまたの自責を釈明の裏切りにかえていない虫かごの番人たち。めざされたのはあくまでも下降の存在の浮遊感にすぎなかったに違いなく、とろけた坂道の足のインク壺にはまったハンチング帽の人であったにしても、滞る転写熱のリトグラフ。ぼろきれの化身は赤い目玉のさそりに脅かされて、意図している。モードの果汁を街の休息に拙速しながら、ユックの煙に自律の堕落をパラシュートしている。そして、いつになく、目覚めたばかりのスロットのマシーンは最後の2行を追い求めてもいる。

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