2017年11月11日

忘れてしまった泥の基軸の自己閉鎖

忘れてしまった泥の基軸の自己閉鎖、まんべんなくすり抜けて送辞に屈折している飴自転車。空からの届けられることのないQへの巣ごもり続けている、熱帯雨林の魚に泳がされて、冷気の分岐を気取っている。次への約束を果たせないままに、涙顔を思い出して粘土に灼きつけている。そこにあったはずのくり抜きを睥睨させながら、突然のざわめきに匂いをさぐりあてて、あたりまえさを疑わないあたりまえさを揶揄するのは簡単に過ぎるが、その日常への重たさを透視することの、推定画面を水際にすくいとりながら、真水を足してしまった溺死への禍根を知ることもない。

言遊戯帖第128集
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2017年10月29日

妄執へのリンデロンをハサミに秤にかけて

妄執へのリンデロンをハサミに秤にかけて、ついさっきまでの寝苦さのつじつま合わせをひんやりと抱きしめていたにもかかわらず、旅の軽さに舌を巻いている。想起されたスローガンは街のこじんまりとして、曇天の彩度を欠落させた壁にしっとりと収まっている。ただひとつのアコーディオンはただひとつの和音を豊かに響かせて、襤褸の墓碑銘に敬礼を惜しまない。過ぎたばかりの30年代を透視図に配置させて、自己犠牲のアドバルーンは灰の中に去ってゆきました。さらに、解体された擬態を漕いでいた穴の抜けたボートから、その人だけが持ち得ていたすべてを壊れている。

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2017年09月17日

ねじ巻き式乾電池をウクライナに直しに行って

ねじ巻き式乾電池をウクライナに直しに行って、債務限度のおみやげを鯰の鰻を高音部は哀調を帯びてフェンスの向こう側のダンス。真珠母貝は記憶の喚起を音の匂いに通文化的色彩の無明の世界に沈んでいる。それまでの位相の端境に生きながら、憂鬱な精霊を、つまり、4度下降してまでの誤認の文脈への配慮を欠いたままの文字を並べ続けている。したがって、鳥たちとの層群の頻度は太陽の位置も重要な交通路であり、正面の狐のお面を後ろに来たり、湿気と深海の空気を弾性の色鉛筆で動態の間隔を隣に座り始めている。それでも、ブラームスの木は視覚表象の輪廻を、日陰もある程度残るという訳だ。

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2017年08月13日

水曜日も忘れかけていた禁忌の真昼に

水曜日も忘れかけていた禁忌の真昼に、工事中のデフォルトを防止策の制御を準備している。18メートルの直径を持つ廃海の奇妙な底で、スクリーンからは踊り子さんたちの石壁の縫い目が浮き彫りになっている。歓声は帰還の論評を避けているにしても、自転車の前には瞳の少年が回転する機械の力強さに憧れている。フランビリアの停留所までの定理を知らないとはいえ、囲暁の地質学者は非日常のロープウェイに乗って去っていってしまったけれど、考慮事項の大部分を疑惑のさらに水曜日に暗示していたのだし、百科全書派の細密さには金曜日の逆説さえ飲み干されてしまっている。

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2017年07月09日

最後の時間にこんなに走査線上のアマルガム

最後の時間にこんなに走査線上のアマルガム、場合に習熟してティモエイエに別の乖離のあった断食の片隅。最近のプログラムされた死火山を抜き打ちにして、アフリカの角度では自治区の精霊を励まし続ける基軸通貨。密度の抜け落ちたロンドネの墓標に刻まれたフォルテピアノの抗議録からは、すなわち、要件に適合した抵抗の持続する水の照射に耐えかねていた池の回り道。すべてをという安易さに自らを安心させて、自らはすべてから排除し続ける厚顔を自覚することもないのだろう。竪琴は知らぬ間の不均等後退に乗せられて、それでも、透明なバリアをあがき続ける。

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2017年06月25日

843Sへの追跡を常軌のはずして

843Sへの追跡を常軌のはずして、運河の導きに影にくすんでいる。あまたの自責を釈明の裏切りにかえていない虫かごの番人たち。めざされたのはあくまでも下降の存在の浮遊感にすぎなかったに違いなく、とろけた坂道の足のインク壺にはまったハンチング帽の人であったにしても、滞る転写熱のリトグラフ。ぼろきれの化身は赤い目玉のさそりに脅かされて、意図している。モードの果汁を街の休息に拙速しながら、ユックの煙に自律の堕落をパラシュートしている。そして、いつになく、目覚めたばかりのスロットのマシーンは最後の2行を追い求めてもいる。

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2017年05月27日

自家撞着の存在理由を発車とハンFに

自家撞着の存在理由を発車とハンFに、小数点を食べ続ける紐の糸からは、レオネの午前3時。君も知っているだろう転がりはじめたコロッケの蒸気を薫陶している。最後の時間のこんな時刻に、気だるさは抱きかかえたまま合唱を光を射している。日のあたることのないそれでも庭には、立派な非常口からねじ伏せられた送電線がデフォルメされていたにしても、あの日のグラタンは妙に少なくておいしい。代わりにこしらえてしまった緊急失言速報を懐にして、合計数量をごまかすことなど夢にも思わなかったのに、少しずつ並んでいた文庫本は誤植を過ぎて溶けてしまっている。

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2017年04月08日

あまりにも為のアニミズムへの本来への希求を

あまりにも為のアニミズムへの本来への希求を、カテドラルにさえ彩られた休符に口ずさまれて隅に鎮座している。ならばという不敵な解体を固定した擬制の、その非言語性の内観を覗きに来ている午後の蝶々たち。骨肉と化しつつある都市の加水分解酵素群への騒音を報酬に誘導されて、遺伝子にプリントされたままの止水を流し続けていたわけでもない。ときとして、不連続するオルゴールへのめまいを焼き尽くして、区外域への器楽の単機能を戦略として踊り続ける。さらに、遠隔受信された排斥の一群を窓に向かって描きたかったパレットナイフの切り傷はその後の行方を乾ききっている。

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2017年03月26日

限界の受忍をおせんべいをつぶやく人の

限界の受忍をおせんべいをつぶやく人の、過労に委ねられたままの妖精の解体に、はじめての冷たい夏の撒かれていたぎこちないビラだった。方位を脅かされて、なお、触祭の知覚圏外を綱渡りのクレーターに虫の黄色い足音。うるささを回避するはずの熱帯の森に、人為の仮想域を縫いこんで、もぎ取られ続ける切符の肺着のスペクトル図。知っていいたはずの本屋の片隅のリベラリズムではあっても、膠着する非侵襲的時刻の気だるさは路上の共軛を排除し続けているらしい。とはいうものの、本日はやはりワカメの被疑者を次元離散に漕いでペダルに括りつけている。

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2017年02月11日

少数有限個の離散的な階梯を遡る

少数有限個の離散的な階梯を遡る、紛れもなさにたまたま同一の原理に基づいた廃構成の要素にうなだれている。連接は外された魔の氷結を見限りながら、危惧の匂いを嗅ぎとっていたのかもしれないが、往復の書簡として明言されている地上への変容性のアナログ性が写りこんだ空への渇望を疑義に付してもいる。はじめて姿を表したばかりの擬態的な街へのアプローチは側頭葉という当惑を象徴化させながら、水のない汀にあえいでいるパラダイムというべきであるし、この観点に立つとするならば、シミュレーションされた符号の影絵を批判的指摘に単一化されている。

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2017年01月21日

しどろもどろのマニエリスムへの泥の基準域と

しどろもどろのマニエリスムへの泥の基準域と、息切れかけた月の横に立つカデンツへの無抵抗。扉はあけられるはずであるにもかかわらず、蓋の裏側に潜む心願たちへの疑問符をプルダウンさせている後追いの人魚。決定された区域への郵便物は、知らないはずのポストへの投函を当然の銀幕にして、興ざめさせている。したがって、待ちくたびれた信号の明滅に繰り返された片道切符を、北の2階屋は木造なのだから、体で倍音をも感じているに違いなく、Mしている。ということであるならば、残りの印字を燠火の名前に消失の下線域を与え続けよう。

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2016年12月03日

見知らぬ人のほほ笑みの推論の過程から

見知らぬ人のほほ笑みの推論の過程から、あまたの固有のグラフィックパターンとして増幅される擱筆。従属性に築く傾いている視覚野の不可抗力的符牒を陰画にしている。微量に浴びる可聴域の成分をお湯で溶かして信じているのは、処理の誘発された宴にこぼれていた連接された森のマチエール。ただし、なお、厳粛さを具象性のあきらめに導きながら、それまでの沈黙の相槌を捨ててしまっている。きっと、その両犠牲をわかりかねたままの月日を唐突の空白として共有してしまったことの懐かしささえ、刷り込まれた創傷の臨界をはるかに超えてしまっている。

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