2017年04月08日

あまりにも為のアニミズムへの本来への希求を

あまりにも為のアニミズムへの本来への希求を、カテドラルにさえ彩られた休符に口ずさまれて隅に鎮座している。ならばという不敵な解体を固定した擬制の、その非言語性の内観を覗きに来ている午後の蝶々たち。骨肉と化しつつある都市の加水分解酵素群への騒音を報酬に誘導されて、遺伝子にプリントされたままの止水を流し続けていたわけでもない。ときとして、不連続するオルゴールへのめまいを焼き尽くして、区外域への器楽の単機能を戦略として踊り続ける。さらに、遠隔受信された排斥の一群を窓に向かって描きたかったパレットナイフの切り傷はその後の行方を乾ききっている。

言遊戯帖第128集
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2017年03月26日

限界の受忍をおせんべいをつぶやく人の

限界の受忍をおせんべいをつぶやく人の、過労に委ねられたままの妖精の解体に、はじめての冷たい夏の撒かれていたぎこちないビラだった。方位を脅かされて、なお、触祭の知覚圏外を綱渡りのクレーターに虫の黄色い足音。うるささを回避するはずの熱帯の森に、人為の仮想域を縫いこんで、もぎ取られ続ける切符の肺着のスペクトル図。知っていいたはずの本屋の片隅のリベラリズムではあっても、膠着する非侵襲的時刻の気だるさは路上の共軛を排除し続けているらしい。とはいうものの、本日はやはりワカメの被疑者を次元離散に漕いでペダルに括りつけている。

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2017年02月11日

少数有限個の離散的な階梯を遡る

少数有限個の離散的な階梯を遡る、紛れもなさにたまたま同一の原理に基づいた廃構成の要素にうなだれている。連接は外された魔の氷結を見限りながら、危惧の匂いを嗅ぎとっていたのかもしれないが、往復の書簡として明言されている地上への変容性のアナログ性が写りこんだ空への渇望を疑義に付してもいる。はじめて姿を表したばかりの擬態的な街へのアプローチは側頭葉という当惑を象徴化させながら、水のない汀にあえいでいるパラダイムというべきであるし、この観点に立つとするならば、シミュレーションされた符号の影絵を批判的指摘に単一化されている。

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2017年01月21日

しどろもどろのマニエリスムへの泥の基準域と

しどろもどろのマニエリスムへの泥の基準域と、息切れかけた月の横に立つカデンツへの無抵抗。扉はあけられるはずであるにもかかわらず、蓋の裏側に潜む心願たちへの疑問符をプルダウンさせている後追いの人魚。決定された区域への郵便物は、知らないはずのポストへの投函を当然の銀幕にして、興ざめさせている。したがって、待ちくたびれた信号の明滅に繰り返された片道切符を、北の2階屋は木造なのだから、体で倍音をも感じているに違いなく、Mしている。ということであるならば、残りの印字を燠火の名前に消失の下線域を与え続けよう。

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2016年12月03日

見知らぬ人のほほ笑みの推論の過程から

見知らぬ人のほほ笑みの推論の過程から、あまたの固有のグラフィックパターンとして増幅される擱筆。従属性に築く傾いている視覚野の不可抗力的符牒を陰画にしている。微量に浴びる可聴域の成分をお湯で溶かして信じているのは、処理の誘発された宴にこぼれていた連接された森のマチエール。ただし、なお、厳粛さを具象性のあきらめに導きながら、それまでの沈黙の相槌を捨ててしまっている。きっと、その両犠牲をわかりかねたままの月日を唐突の空白として共有してしまったことの懐かしささえ、刷り込まれた創傷の臨界をはるかに超えてしまっている。

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2016年11月12日

言及されたままの脳へのリンクを

言及されたままの脳へのリンクを、大部分を失う可能性がデフォルメされていたにしても、映じた破綻の航跡を沈めてゆく。もしかするとの凍土を洪水が屋根を突き破って、最後の唇を奪いさってゆく。恐怖の準備をなおざりにして、拘束の洞窟を見つけてしまったのは不満に満ちた子供たちの嬌声だったし、球菌の足跡を電脳の蓄積に代えてシャチを追い込んでいる。損傷は受信された非公式の内面の欲求に従ったまでの話でしかないが、勧告された不等式の定義を廊下の天井にそのまま張り付いて、島への歩隲を最後の廃炉の責務にしてしまっている。

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2016年10月02日

透明で雨粒がくっついてはさみでひとつ切れなくて

透明で雨粒がくっついてはさみでひとつ切れなくて、下記にご注意ください。サーランギにデータ変換された33kwのダイヤグラムからは、はさみの切れなくて、こぼれた雨粒のせり上がる背中にその扉の向こうのやるせなさにさえ、きっと、体温計はドキドキしているかもしれない。水面にはじめて知ったときのちいさな驚きを瓶詰めにして、歩き始めた停留所までの階段を君は捜すこともできないくらいに、思い出は思い出としての機能さえ失いかけている。それでも、立ち枯れたプラットフォームの目線の先に、ゆるやかな矜持が俯うつむき加減にえくぼになっている。

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2016年09月26日

夜に凪いではずであった森の硬さに

夜に凪いではずであった森の硬さに、わだかまりは自分だけと知っていたつもりでもなかったし、それ以上停止しようもない熱さでもあったのだから。魚影に混じりかけたフィルムの細さに褪色を惜しみながら、天井の暗ささえ覚えかけているのだろうか。視界を失った戸惑いと期待に、その後のカギ括弧の偏在性に、ときとして、往還をゆく曇りガラスのブランコにすわったまま、白けたアスファルトの歪みは「注意事項」をもぎ取られた風船のようでもあるし、去りかけた痛みへの、その先の痛みのようでもある。残された回路の失域であっても、岐路の憧れは確かすぎる同時性でもある。

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2016年08月20日

当事者の制度を簡素の防衛に詠じつつ

当事者の制度を簡素の防衛に詠じつつ、一瞬の軋みを畏れながら、レンガ都市の中央広場に集まりかけていた月たちの無凝り。繰り下げられた小数点を悪循環の密約に倉庫していたカラスの息づかい。そそがれた負圧の意味を解すまでもなく、ヶ原の飛翔を駆け抜けて待ちくたびれたバスの行方を見つめ続けているしかなかった。非街は一見の静けさとは裏腹な、執拗な冷気の騒音に球形の泥沼を旋回する必要もない。ただし、それらの自己主張は紙一重の我儘でもあるかもしれないし、規律を遵守するための失念装置なのかもしれない。

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2016年07月24日

碑の関係は乱流を感じているが

碑の関係は乱流を感じているが、が住んでいた家は水曜日の宣告を脅かされている。それは管理改革者への破壊を防ぐために動機づけられた西利の声でもあり、終焉の戒律市でもある。崩れかけのアキアナにアンテナの美神は午後の依頼書を8/39しているはずでもあったし、湿度のうるささに吐息は頓珍漢な完璧主義をこじつけていただけなのだろう。ブルガリアの1ヶ月の29日に沈黙した告発に対して、すべての考古学を不在中に裁判にして、ベネルクス諸国への禁断を準備仕掛けたまま宙吊りにされた計算式を狙われている。熱波の最大のリスクの絡め取られた疑惑の酸化は凍えている。

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2016年06月25日

解体された一般虫の雫の色をうかがいながら

解体された一般虫の雫の色をうかがいながら、知り尽くしてもいたはずのない路上の覚悟を屋根裏に潜んで怖じけづいている。錯視は立ち止まり、赤い指定席の横断幕の香りの軽やかさに通路のロスタはどのくらいの膾炙に翻弄されていたのだろう。機制をいつまでの通信機に壊されて、付点記号の平衡を32度線の喉の震えに閉塞率の試験管をかざしているマーク・ロスコの鏡にお願いしてみる。さらにためらいは砂の時計にも拒まれて、行き先を見失ったてんびん座でもあるのだから、冷たい夜の合間にさえ鋭角説の綱渡りをこらえている1635*の光の億年をくくっている。

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2016年05月28日

夢かうつつか臨海の航走のままに

夢かうつつか臨海の航走のままに、名前の硬質の論理に暮れ方への心細さを因子に置き換えてみる。閉じられた寝室への矜持を盗まれたままのジュラルミンに齧りついて、取り出されて、さらに、白亜紀の迷路を屈折率の覚書に仕留めながら、10.8についてのやり直しをも考えてみる。落ちるはずのないリフトからの失踪を、ベランダのベールは粘土の悲鳴をこじ開けていたが、その周囲を旋回する開示性すら鉄のドアに挟まれたまま居眠りに明け暮れている。届いたばかりの神曲の寒さに素描に白地図を貼りつけてみてみても、無節操な破砕が空回りしている。

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