様は様で雨粒を二つに割って水筒に詰め込んでいて、きゅうりのピクルスもライトアップされた「 」のお店の陳列棚に飾られていた。なだらかさは人に迷惑をかけるでもなく、いまでは、杏仁豆腐の香りも思い出すことはできないけれど、きっと、葛西善蔵は古本の香りをそのままに手厚い保護のまま、読まれることもないのだろう。路面電車が好きと偽って、線路もないのに枕木を積んで歩いてはネジの壊れた自分を困らせる。片言の印画紙は一瞬の孤独を味わうこともできたけど、それも、もう店じまいだ。困惑の果ての憧れは近すぎて、手がとどかないほうが良かったのかもしれない。
posted by kotoyuugi at 19:00|
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言遊戯帖第42集
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